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蕎麦の歴史~蕎麦は「そばがき」から始まった!?

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蕎麦の始まりは「そばがき」だった!?

そばがきとは、そばの実を石臼で粉状に砕き、お湯や水を加えて捏ねた団子状の食べ物です。そばの実を食べるようになった頃は、今のような調理法がなく、鎌倉時代から江戸中期ごろまでは、そばがきが定番の食べ方でした。

蕎麦の歴史

蕎麦の歴史は、9000年前から始まります。高知県や奈良県の遺跡から、蕎麦の実が発見されています。初めは団子状にして食べられていましたが、その後食べ方や調理法が変化し、現在のようなそばが作られるようになります。主に江戸でそばが食事として人気となり、全国へと広がりました。

蕎麦の名前の由来

収穫したばかり蕎麦の身は、三角すいのような形をしています。その外見の特徴から、先が尖っている状態を意味する漢字である、稜(そば)と呼ばれるようになりました。小麦や大麦のようにソバムギと呼ばれたり、真っ黒な見た目をしていることからクロムギと呼ばれたりすることもあります。その後、蕎麦(ソバムギ)と呼ばれていたものが省略され、現在の蕎麦(そば)という言葉になりました。

ざるそばの歴史

ざるそばを初めて提供したのは、東京都江東区深川にある伊勢屋というお店でした。 当時は、お椀の中にそば入れていました。しかし底に水がたまる事により、最後の方は新鮮なそばを味わえないというのが問題でした。そこで伊勢屋がそばを、ざるに乗せて提供したところ、そばを最後の一口まで美味しく食べることができると評判になります。その後、他のお店もざるに乗せてそばを出すようになり、ざるそばが生まれました。

もりそばの歴史

当初は、ざるの上に乗った作り方が定番でしたが、のちにかけ蕎麦やせいろそばが始まりました。名前に区別をつけるために、ざるの上にそばが盛ってあるものを、もりそばと呼ぶようになります。

かけそばの歴史

元々はそばとつゆは、ざるそばやもりそばのように、別の容器で提供されていました。しかし、急いで食べたい客にとっては、そばをつゆにつけて食べるというのが、手間のかかる食べ方になります。そして、つゆをそばにかけて食べるようになりました。その食べ方がきっかけとなり、かけそばが誕生します。

せいろそばの歴史

生のそばは、茹でるとすぐに切れて、バラバラになってしまうのが難点でした。その問題を解決するために、蒸籠(セイロウ)にそばを乗せて蒸し、蒸籠のまま客に出したことから、せいろそばが作られるようになりました。

そばと天ぷらの関係と歴史は?

文政10年(1829)に詠まれた川柳に、沢蔵主天麩羅蕎麦が御意に入りとあることから、かなり昔から天ぷらそばが存在していたことがわかります。江戸時代には、現在の屋台のような、蕎麦屋が存在していました。天ぷら屋の近くに屋台の蕎麦屋が通りかかり、そばを買った客が近くにあった天ぷら屋の天ぷらを一緒に食べたところ、非常に美味しかったことから、天ぷらそばが始まったと言われています。

なぜ、年越しにそばを食べるようになったの?

年越しそばは、江戸時代から続いています。そばの特徴から、今年一年の災厄を断ち切る、細く長く健康長寿、家運長命など、縁起を担いでそばを食べるようになりました。

実は、そばは非常食だった

お米は土壌がよく、天候も適していないとすぐに不作となってしまいます。しかし、そばは荒れた土地でも育ち、年間で3回ほどの収穫が可能です。そのために、お米や小麦などが育たない時の、非常食として食べられていました。

 

蕎麦の歴史まとめ

 

当初は飢えをしのぐための食べ物でしたが、調理法やつゆ、てんぷらなどの具の変化により、世間に広まることとなりました。古くから続く日本の伝統的な食べ物で、今でも多くの人に食される国民食へとなった食材です。

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