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フグの歴史は「豊臣秀吉」と「伊藤博文」に深い関係が!?

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フグと言えば高級和食、高級和食と言えばフグ料理、というくらい、フグは日本料理の代表として海外にも広く知られています。

そんなフグは、実は日本の歴史にも度々登場しています。
フグはどんな風に、歴史に登場してくるのでしょうか。

また豊臣秀吉や伊藤博文との関係は、どんなものなのでしょうか。

フグの歴史は日本では縄文時代から!?
 

フグを食べる歴史の証拠は、縄文時代にさかのぼります。なぜ縄文時代だとわかったかと言うと、縄文時代の貝塚から、フグの歯や骨が出土しているのです。
 

縄文時代は、毒は大丈夫だったのでしょうか。

不思議なことに、縄文時代はフグに毒はなかったと言われています。フグのどくは、餌となる海藻や貝の微量な毒が肝臓や卵巣にたまるのですが、縄文時代は海がきれいだったためフグにも毒がなかったという説があります。

一方で、フグの歯や骨の近くから五人の遺体が出土している場所もあり、フグの毒が死因だったのではないかという説もあります。

いずれにせよ、貝塚からフグ食の痕跡が見つかるのは珍しいことではないようです。どのような食べ方をしていたのかはよくわかっていないようです。

その後平安時代には、フグは「布久」という表記で資料に書かれています。この頃は塩と酢につけて「なます」にして食べられています。

フグは豊臣秀吉の一言で食用禁止!
 

日本人が長く食べてきたフグですが、突如「食用禁止令」が出されました。
 
時代は安土桃山時代、禁止令を出したのは豊臣秀吉です。この頃文禄・慶長の役により各地から九州に集結した武士の間でフグ中毒で死亡者が多数出ました。このため秀吉がフグ食を禁止したのです。

理由は「戦うために集まった武士が食べ物などのために命を落とすのは言語道断」ということでした。
 

この禁止令は江戸時代にも引き継がれました。特に武士は、藩にもよりますが、厳しく禁止されていました。理由は、藩のために使うべき命を、フグの毒などで失うのは不忠義であるということで、フグの毒で死者が出た家は取り潰しになるなど、厳しい罰則も設けられていました。

しかし庶民への禁止令はそれほど厳しくなかったようで、フグは結構食べられていました。
1643年に記録された、料理に関する書物の中に、フグの調理法や下処理の方法や味付けなどが記されています。
また、浮世絵にフグ鍋の絵があったり、命がけで食べるフグとはそんなにうまいものなのかとからかうような唄もあります。

庶民の間では、フグを使った「フグ汁」や「フグ鍋」が食べられていました。しかし妻子がある者には勧めないなど、独身男性が勇気を出して楽しむ命がけのグルメだったようです。

フグは伊藤博文の力で食用解禁!
 

江戸時代には食用禁止令があったフグですが、明治21年に下関では食用解禁となりました。

このことには、初代内閣総理大臣伊藤博文が関わっています。
 

伊藤博文が下関を視察で訪れた時のことです。春帆楼に宿泊したのですが、あいにく時化のためまったく魚が採れず、女将が罰を覚悟でフグを出したところ、下関ではフグを安全に食べる技術があることを知った伊藤博文が、「下関のフグは無毒である」と山口県令に働きかけました。

そのため明治21年から下関ではフグ食用解禁となりました。

その後、フグの毒は肝臓や卵巣にあることや安全な処理方法が全国に知られるようになり、フグは和食の代表となったのです。

下関ではフグがよく捕れたため、古くから食べられていました。したがって安全な処理方法が経験的に伝わっていたようです。その技術が、フグを取り扱うための資格につながっています。

フグは江戸時代にコッソリ食べられていた!?
 

江戸時代には食用禁止されていたフグですが、その理由は、武士が食べ物のために命を落とすのは不忠義であるということでした。
 

そのため武士についてはフグ食用は禁止され、フグ中毒で死んだ場合は家が取り潰しになるなど厳しい罰則も設けられていましたが、庶民についてはそれほど厳しく禁止されてはいませんでした。
 

また藩によって、厳しく禁止されているところと、それほど厳しくなかったところがあるようです。
しかし「命がけで食べるほどフグはうまいのか」とからかうような唄があるくらいですから、こっそり食べることもあったでしょう。

フグの歴史は日本より中国の方が古い!?
 

和食代表とも言えるフグですが、実は中国と韓国でも食べられています。
中国では2300年前の秦の頃に書かれた「山海経」に「フグを食べると死ぬ」と書かれています。

一方で宋の詩人が「フグのうまさは一死に値す(フグのようにうまいものが食べられるなら死んでもいい)」と歌った詩もあります。
 

中国ではフグは河で捕れ、「豚のようにうまい」ということで「河豚」と書いています。その漢字が日本でもそのまま使われているところを見ると、フグ食の歴史は、日本より中国の方が古いと言えるでしょう。

中国ではフグは、蒸し物にしたり炒めたりスープに入れたりして食べられています。河で捕れるフグは、昔は無毒だったようです。


 

そんな歴史のある中国ですが、フグ中毒で死者が出るようになり、1990年から2016年まで毒を理由に食用禁止となりました。ところが日本への輸出用として養殖は認められていました。
 

しかし日本への旅行者が増え、日本料理店でフグを食べる機会が増えたことから、2016年に政府が許可を出した日本料理店など、条件付きで解禁となりました。
 
 

フグと言えば山口県の下関!なぜ有名!?
 

フグと言えば下関です。フグ食解禁となったのが、伊藤博文が下関でフグを食べたことがきっかけとなりました。
また伊藤博文にフグを提供した春帆楼が、今も下関にありますので、本場と言えるでしょう。

【河豚】の漢字、言葉の由来
 

「河豚」という漢字の由来は中国からきています。
 

中国ではフグは河で捕れます。また味が豚のようにうまいということで、河豚という漢字になり、日本でもそのまま使われています。
 

フグの歴史まとめ

フグには古い歴史があります。

毒があるものをわざわざ食べるのも不思議ですが、食用禁止の理由が「毒があるから」ではなく「食べ物のために武士が命を落とすのは不忠義」だからというのも不思議です。

日本ならではの感覚なのでしょうか。

また中国では蒸し物やスープで食べるようですが、日本人にとってはフグと言えば美しい大皿に盛られた刺身から始まるコース料理ではないでしょうか。

目で味わい舌で味わうフグ料理は、まさしく日本文化の賜物ですね。

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